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オーストラリアワーホリブログ '97~'98

オーストラリアでのワーキングホリデーブログ。当時の情報含む留学、生活、バイトそして大陸1周旅行等の笑いと涙そして愛の?!1年の記録。DOWN UNDER WORLDへ行ってみませんか?
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DATE:09.23.05:40
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  • 09/23/05:40

DATE:11.04.07:15
客引きの仕事 IN SYDNEY

日本人、ローカルの客を含む接客も結構ハードだったけど
オレが一番やらなきゃいけない道での客引きが一番手を焼かされた。

なんせガングロにロン毛にスーツだもん…

プラス怪しい微笑み・・・。

実際かなりの確率で声を掛けた日本人観光客に無視された。
「いいです。」「興味ないです。」でもない。



本当の”無視”だ。


これは結構こたえた。

めっちゃスマイルで話し掛けてんのに…



爽やかスマイルで…・・・いや絶対怖いよその面!

ある時レニーに「オレの容姿は日本では怪しまれる部類に入る」と言ったら
「そんな事ない。スーツ着てるんだし。」と返された。

違うんだっって!、そうじゃないんだっって。


オレの場合スーツ着てるから
余計怪しいんだって…



わかんないだろうなー

前の事件があった後、こんな奴の下で働きたくないという大義名分のもとに
自分の客引き能力のなさをすりかえて


「もう辞めさせてくれ」とレニーに言ったことがあった。



…逃げたかったんだろう。

でもいつもガミガミだった彼は急に気持ち悪いほどやさしい口調で


「客引きが難しいのはわかってる。でもまだオマエはやれるはずだ。」



と言った。

その日はオフだったのでその言葉を頭の中で繰り返しながら店を出ると
何気なくボーッとチャイナタウンまで歩き続けた。


無心のまま気が付くと美容院で伸び切った髪を切ってもらった。


怖かったんだ。髪を切るという事が。


髪を切っても日本人に相手されなくなったら


本当に自分の能力のなさを認めなきゃいけないから…


でもようやく憎たらしい彼の言葉でふっきれた。


”日本で出来ない事をするためにここに来たんじゃねえのかよ?
今更、弱気になんじゃねー!!。”


そう思えるようになると美容院を出た後、妙にパワーが沸いてきた。



…単純。

家に帰るとシェアメイトの皆に髪型について冷やかされた。



      ======>   


            仕様前              仕様後



それから、分かり易い現象が起こった。


まず髪を切った次の日から日本人観光客の反応が変わった。
今までの無視から「いいです。」と答えてくれるようになった。

あれっ?こんなん初じゃん。

それから話しを聞いてくれる人が段々増えていって
2日目には店に連れこむ事ができた。


そして3日目には連れてきてとうとう初の売上を立てた。

めちゃめちゃ嬉しかった。


その日は久々に美味しいビールを飲んだ。

毎日、東京のサラリーマンのように暗い気持ちで


通勤電車に乗っていた毎日が
その日を境にまったく違うものになった。


やっぱり見た目のイメージって大事なんだなと思った。



今度は美白を始めようと思った。

 

色々な日本人に声を掛けている内にアジア人の中で


日本人を区別する法則が生まれた。

特に韓国人との判別が難しく、典型的なコーリアンメガネに


フレアーにしたGパンを見れば間違えることはなかったけど



妙に分かり難い人には恥ずかしい思いをした。

一度、声を掛けたら「私は韓国人です。」と


綺麗な日本語で言われた時は反応に困った。

信じれるまで日本語で話しまくった。
(実際、日本語を話せる若い韓国人が多かったのには驚かされた。)

日本人1人だけで町を歩いている人は少なかった。

大抵が日本人同士がつるんでるもんだった。(あくまでも大抵がだけど…)

だからターゲットは絞り易かった。

そしてカップルの方が反応が良かった。


ここでのコツはまず男の人に話し掛けて


「彼女にいい皮のバックがある。」と言う点だ。

大抵の奴は彼女にグッチだプラダだ言われてるので


興味を持ってくれた。

悲しいな…がんばれ日本男児!!



…おまえに言われたかないって?

そういうやらしい?!手を使いながら仕事に慣れていった。


もうひとつ最後にこの仕事で触れておきたいことがある。

それは3店舗の店というのに関係がある。

在庫を必要以上にもたないこの店ではいきなり1号店から電話が掛かってきて


「そこ(2号店)にあるなんとかってブランドのLサイズ


1号店まで持って来てくれ。大至急。」ってやつだ。

オレは2号店から全速力で1号店や3号店に毎日


(ひどい時は1時間休み無しで)
ピットストリートを皮ジャンやバッグを背負いながら


走らなければならなかった。

楽しげなメインストリートに似つかない光景だったと

いつも頭の中で”太陽にほえろ”が流れていた。



…♪パラッパン、パッパラー、パラッパー


もちろんニックネームは”ガングロ”だった。…ハイハイ。

 

でもいろいろあったけど本当にいい経験ができた。


外国で外国語で外国人と仕事をすること。
このことは帰国してからの今の仕事に十分影響があるように思う。

日本では経験できないようなシビアさと緊張感があった

マリアのジョークがなければどこで潰れてもおかしくないほど
毎日がピリピリしていた

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